自分さがし

昔、友達と電話で「自分さがし」の話題で話をした。
私は「『自分さがし』をしないほうが、人生が楽になると思う。」
と言ったことがある。

年がいっても実際わからないような気もした。
振り返ると、学生時代と今では自分がずいぶんと変わっている。
これが年配になったら、また違っているだろうなぁとも感じてきたから。

実は、、「自分さがし」めいたことをしていた時期もあった。
しかし、「自分さがし」は辛かった。

その話題で色々と話していて「なるほどね〜」と彼女は言った。
そして「楽になったかも?(笑)」といってくれた。

その「なるほどね〜」の意見と
旦那てっちゃんの意見、その他もろもろを織り交ぜて書いてみようと思いました。






「自分さがし」と言う『言葉』を使わないほうが、私は人生楽しくなれそうだと思う。
なぜなら...
「自分さがし」に言葉の呪縛に縛られそうな気がする。
誰でも「自分さがし」の旅をしていると思うし、それが人生だと思うから。

私は世間で言われているのは「自分さがし」と書きたいと思います。
と言うのは...
「自分さがし」はどんな漢字をつければいいんだろうな?と思うから

自分『捜』し?
自分『探』し?

「捜し」だと見失ったものを捜すときに使う。捜索願とかいうよね。
「探し」だと欲しいものを捜すときに使う。職探しとか言うよね。

前者の言葉を使った「自分捜し」は
見つけたときには、見失った自分を捜すことかもしれない。
「何もかも見失っている自分」を発見するのかもしれない。
見つけても、何も得るものがないのかもしれない。

後者の言葉を使った「自分探し」は
なりたい自分になるために様々な行動をする感じ。
かなりポジティブなイメージがある。何か達成したい目標に向かっている。
もう少し言うと、方法手順や解決法でもやもやしている。
結果を出すため、熟考し努力し、話し合いを重ねている感じ。
そんな状態が「自分探し」の気がする。
方向性がはっきりした状態。
それが「自分探し」だと私は思う。

「自分捜し」と言うと「自分の中にある『何か』を捜している」。
「漠然とした何もない状態を捜している」感じに近い感じがしている。
『お金が欲しいな〜』と思って、ただ道を歩き落ちている1万円札を探す行為に近いと思う。
1円なら、もしかしたら落ちているかもしれない。運よく500円玉があるかもしれない。
でも、札束が落ちていることはほとんどない。
もし、大金が落ちていても何かの事件で捨てられたお金かもしれない。
めったにない! 
しかしそ滅多にない「棚から牡丹餅」が「自分捜し」している感じに近い気がする。

環境のなかで変化し、色々な状況で、人間は成長していると私は思う。
テレビで見ていて、自分でもしてみたいなぁと思って行動することは多々ある。
自分が静止しているなぁと思っていても『何か』が生まれていることもある。
『何か』が生まれるときは、思考が裏にあると思う。


世間一般の「自分さがし」は目標が決まっていない感を受ける。
具体的に言うなら..
もし家を建てると決めたら
土地や予算を決めて煮詰め、お金を用意しなければならない。
設計図を引いて、設備を考えて、業者に頼んで契約して。
様々な段取りがある。考えて行動する。
でも「自分さがし」は、うろうろ〜うろうろ〜に見えてしまう時が多い。
あえて言うなら

----------------
あれいいな。
これいいな。
私もやってみたいな。

うろうろ〜 
うろうろ〜

何もない。何もない。
まだ、見つからない。

じゃ、今度はあれにしよう。
次はこれにしよう。

いつか見つかるかな。
見つかるといいな。

うろうろ〜
うろうろ〜
-----------------


そんな感じがする。。

「しんどくないの?」と私は思う。
ずっとずっと『何か』は、誰でも捜していると思う。
ちょっと近づいたと思っても、どんどん遠くったり、目標が変わったり。
達成しても次の目標がある。

「やってみたいからやってみた!」これでいいんじゃないかと思う。
立派な理由だ。
そして、迷って悩んでいるときは「悩んでいる」「迷っている」と言えばいい。
「自分さがし」と言うと、いつ見つかったのか解るのかしら?

はっきりしたゴールがないマラソンになりそうな気がする。

でも逆に「自分が見つかった!」と思ったときは
内面的に漠然とした形があり「これが自分のしたいこと!」と形が決まった感じだなと。
言葉が違っていただけだと思う。
でもこれも「自分さがし」の結果だから否定はしないし、むしろ羨ましいと思うかな(^^)



特に「自分さがし」の言葉を使っても世間に害はない。
むしろ、楽しそうな自己啓発の言葉に聞こえる。
でも、私なり考えてみると「自分を苦しめる言葉かも?」と思う。
「『自分さがし』をしている」と言うより
「こんなふうにしたいから、○○の努力をしてみようかと思っている」
と言う方が楽だから。
具体的に言う方が、親友や年配の方は色々なアドバイスをくれる。
「自分さがし」と言う言葉を使わないほうが、お得度が上がる気がするのだ(笑)

でも「自分さがし」と言う言葉の響きは宝探しみたいで格好がいい。
でも、してみると結構迷ってしまう。(事実、見失いかけた自分がいた。)

「自分さがし」の「宝さがし冒険」が
樹海を超え、海を渡り、あてのない情報を頼りに動くアドベンチャー物語?(笑)
だったらいいな。
宝が見つからなくても、『信頼・勇気・協力』
そんな、かけがいのない宝が「自分さがし」で見つかるといいのだけど(^^)

なかなかそんな風には思えなかったりで...。




私の意見で気分を害した方、ごめんなさいm(__)m

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(2006.01.08)